七回目の校正作業は、今上巻の終わりまで進みました。
拙作『くれなゐ君』は主人公の通称がタイトルになっておりますが、主人公の設定は、源氏物語第六帖に登場する『末摘花』を下敷きにしています。
当初は、この末摘花の姫君をモデルにしたシンデレラストーリーを書くつもりだったのですが、書き始めるなり“全く別物”になってしまいました・・・。
末摘花の巻名は、光源氏が詠んだ歌「なつかしき 色ともなしに 何にこの すえつむ花を 袖にふれけむ」からきています。「特に心惹かれる色でもないのに、どうしてこの末摘花に袖を触れてしまったのだろう(鼻の赤い姫と関係を持ってしまったのだろう)」という意味です。
源氏物語における「末摘花」の巻のあらすじは、ウィキペディア(Wikipedia)を引用させて頂きます。
乳母子の大輔の命婦から亡き常陸宮の姫君の噂を聞いた源氏は、「零落した悲劇の姫君」という幻想に憧れと好奇心を抱いて求愛した。
親友の頭中将とも競い合って逢瀬を果たしたものの、彼女の対応の覚束なさは源氏を困惑させた。さらにある雪の朝、姫君の顔をのぞき見た光源氏はその醜さに仰天する。
その後もあまりに世間知らずな言動の数々に辟易しつつも、源氏は彼女の困窮ぶりに同情し、また素直な心根に見捨てられないものを感じて、彼女の暮らし向きへ援助を行うようになった。
二条の自宅で源氏は鼻の赤い女人の絵を描き、さらに自分の鼻にも赤い絵の具を塗って、若紫と兄妹のように戯れるのだった。
源氏物語の中では、異色の風貌を持つ姫君です。
頑固で、一途で、純真な人・・・。
そんな末摘花に惹かれて書き始めた「もう一人の末摘花の物語」が、『くれなゐ君』です。光源氏が”心惹かれる色ではない”とした”赤”を、作品のシンボルとしています。
主人公・紅君のイメージは、在原業平の歌「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」(神の時代にも聞いたことがない。竜田川の水を紅葉の葉が、鮮やかな紅色にくくり染めにするとは。)からきています。
長編小説としては初めて書いた作品なので、素人らしくプロットも作らず、ラストを決めることなく始めたのですが、書き手が作品を御せないまま終わったという・・・不思議な感覚でした。
物書きが”創る”のではなく、こちらが物語を追いかけて、書き留めていくような感じです。次の作品ではどのように書き進むのか、少し戸惑いも覚えます。
このようにしてできた『くれなゐ君』ですが、紅葉の鮮烈な”紅”で染まる情景を、読んで下さる方に感じて頂けると、とても嬉しいです。
<著書のご案内>
『くれなゐ君』
常陸宮の姫君は幼いながら、都一不器量で無教養と評判だった。
紅君(くれないぎみ)という通り名に惹かれ、元服前の少年・実孝は常陸宮邸で姫君を垣間見る。
まっすぐな姫君と、不器用な貴公子のすれ違う初恋は、都の異変とともに押し寄せた運命の渦に巻き込まれてゆく。
「あなたを殺しはしない、決して。この身など惜しくはないのだから」
二人を取り巻くのは先帝の長子・一の宮の死、短命だった斎宮、奇怪な流行り病・・・。出家を望みながらも、巫(かんなぎ)の血に目覚めていく紅君は、数奇な運命をたどり始める。
源氏物語の「末摘花」を下敷きに、一人の少女を軸として、美しい情景を交えて織りなされた平安王朝絵巻。