ともしびの花 ~日河 翔の創作手帖~

作品のお知らせや創作活動に関すること、訪ねた寺社の紹介などを綴っています。

【写真資料】11月上旬/嵐山の風景

天龍寺

こんにちは、日河 翔です。

 

先日所用でまた嵐山へ行きましたので、資料になるかもしれないと撮影した写真を、ブログにストックしておきます。観光に行かれる方にも、紅葉状況などご参考になればと思います。

 

<中ノ島橋>

阪急嵐山駅から渡月橋へ向かう途中の橋です。少し上流にある渡月小橋より、嵐山(地名ではなくて山の名前)が写真にしっかり収まるためか、この橋から写真を撮る方が多いです。私は写真撮影が趣味ではないので恥ずかしいくらい下手ですが、実際の景色は、思わず立ち止まるほど綺麗です。

 

 

渡月橋周辺>

この日、大堰川桂川)では七羽を超える白鷺を見かけました。どちらかというと、京都では青鷺の割合が多いと思っていたので、珍しく感じました。普段、偶々白鷺を見かけないだけかもしれませんが。(兵庫県では白鷺の方が多いような気がします)

対岸では黄金色の榎(エノキ)が一際存在感を放っています。夏には全く気がつきませんでした。一体何の木なのか分からず、後日調べて榎と判明しました。またちょくちょくこの木に会いに行こうと思います。

 

野宮神社

また参拝させて頂けて、とても嬉しいです。参拝された方は分かって頂けると思いますが、清浄な気配の中に感じる温かさ、とでも言えばよいのでしょうか・・・。

参拝者が黒木の鳥居の外まで列をなしている賑やかさにも関わらず、不思議に静かな明るさ、と表現しうる気配があります。

竹林の小径は、春・秋は特にですが、凄まじい人の多さです。写真を撮りたい方は、少し難しいかもしれません。

 

<大井神社>

今回は、川沿いの道に面した鳥居をくぐり、参道を通って参拝しました。参道の端にはレンタサイクルがずらりと並んでいたので、少し複雑な思いはしましたが、きっと私有地との境界が曖昧なのでしょう。

御本殿の隣に末社さんがありますが、御祭神が分からないのがとても残念です。

ここは何故か、親しみを覚えるような神社様です。

 

天龍寺

天龍寺様と言えば、曹源池(そうげんち)庭園と雲龍図のイメージがありますが、大方丈と小方丈からなる「方丈」という建物が異様に落ち着くのです・・・。幅広い広縁の外側には落縁があり、訪れた参拝者が座ってゆっくり庭を眺めることができます。小方丈は書院で、畳敷きなのがほっとするのでしょうか。「寝転ぶことを禁ず」という立て札があるほど、皆さんが自然にリラックスしてしまう場所なのでしょう。

春と秋の参拝者激増シーズンを外し、ひっそりとここで文章スケッチをしたいなとしみじみ思いました。冬は相当寒いかも・・・覚悟が必要です。

大方丈の襖の雲龍図は、昭和32年に物外道人によって描かれたものです。

加山又造画伯による天井の雲龍図があるのは、法堂(はっとう)になりますのでご注意下さい。この日は法堂に寄る時間がありませんでしたので、泣く泣く諦めました。

祥雲閣・甘雨亭付近のお庭も、とても趣があります。塔頭も含めて、じっくり拝観するには、半日くらいは充てたい場所です。

天龍寺直営の精進料理店「篩月(しげつ)」はとても素敵で憧れますね・・・入れる方が羨ましい(笑)。いつか行けたらいいなぁなどと、大それたことをほんの少しだけ思ってしまいました。

 

著書のご案内

『くれなゐ君』

常陸宮の姫君は幼いながら、都一不器量で無教養と評判だった。

紅君(くれないぎみ)という通り名に惹かれ、元服前の少年・実孝は常陸宮邸で姫君を垣間見る。
まっすぐな姫君と、不器用な貴公子のすれ違う初恋は、都の異変とともに押し寄せた運命の渦に巻き込まれてゆく。

 

「あなたを殺しはしない、決して。この身など惜しくはないのだから」

 

二人を取り巻くのは先帝の長子・一の宮の死、短命だった斎宮、奇怪な流行り病・・・。出家を望みながらも、巫(かんなぎ)の血に目覚めていく紅君は、数奇な運命をたどり始める。

源氏物語の「末摘花」を下敷きに、一人の少女を軸として、美しい情景を交えて織りなされた平安王朝絵巻。